猫 街 風景 何気ない
by dafunkyhapax

何が真実なのか?

あるときスカイプで、文字のチャットからボイスでのチャットに切り替えた。
きっと文字よりも、声を使った方が話がうまくすすものではないかと思ったのだ。

第一に文字だけでは真実みが少ない。
話すスピード、声のボリューム、トーン…声からわかる情報は意外に多い
そこから相手がどんな情強なのか少しばかりかはわかるはず。

第二に遅い。
キーボードを叩いて一文字一文字入力している限りはどうしても遅く
少しのラグができてしまう。

しかしどういうわけか、これがうまくないのだ。
文字に現れていた勢いが無くなり、なんとも自信がない。
それまでずばずば弱点を突いて来るような鋭さがなくなり完全に円くなってしまった。
それは文章読み上げ機のようなものでしかなく人間味が感じられない。

空白への恐怖なのだろうか?
ボイスチャットになった瞬間文字だけのときとは違う空気が流れる。
ひたすら話してはつまづいてを繰り返しついにはうん、あーだけの会話になる。

ああそうかこれがネット弁慶か。

本当の君はどっちなんだい?
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TwitterやFacebookなど個人を表現する場というのは日々広がりつつある。

そこに居る人たちは本当にその人自身なのだろうか?

ただネット上固有のキャラクターを演じているのかもしれない。
実際に会っても何も起きない人が、ネットで会うとなぜか白熱討論になったりする。

ネットが現時の時間を超えた瞬間どちらが本当の”その人””自分”かわからなくなる。

さて、ネットと現実でキャラの使い分けをする必要はあるのだろうか?
実際、学校や職場と家庭でキャラが違うなんて人も多いだろう

インターネットというものは発明されてからまだ半世紀もたっていない。
いわばまだ未定の存在といっていい。
ネット特有の文化があるかもしれないがそれもまたごく一部でのみ通用することであり、
社会全体には浸透していないと見ていい。

ネットは未だ不安定な存在であり人それぞれによって全く異なる使い方がなされている。
どれが正しいとも言えないし良くないとも言えないのが現状だ。

しかしながらネットだからと言って自分を変えるようなまねはしたくない。
なにせ疲れる。ありのままでいいのではないのだろうか?

そんなこんなでTwitterで頻繁に関わる人には実際に会ってみたいと思う。たまに。

リアルとネットで人が変わるのはまあ、わからないでもない。
文字チャットと音声チャットで人格が変わる、これは珍しいタイプ今後も研究観察を続けていこうと思う。


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